世にも奇妙な乳癌闘病記

ひとりでも救われる人がいるなら…とブログを始めました。
肺の難病、乳がんステージ4は健在ですが何の治療もしていません。
にもかかわらず進行もしていません。
ですから病気や治療の参考にはならないブログです。

それでもこの奇妙な現実を知りたい方は、ぜひ最初から読んでみてください。
信じるか信じないかは全てお任せいたします。

葬儀屋


いつからだろう。


私はずっと。

葬儀屋に憧れていた。


ただ漠然と。

葬儀に関わることを。

してみたいな。

そう思っていた。



女の子は普通。

ブライダルに憧れるのにね。


『お嫁さんになりたい』


なんて。

1度も思ったことがない。




19のときに。

ひょんなことから。

白無垢のモデルをしたことがある。


元祖お嫁さん。


『キレイね~』とか。

『素敵ね~』とか。

メイクさんにおだてられて。


知らない紋付き袴の男性と。

ランウェイを歩いたと思うんだけど。


その時の記憶も。

その時の写真も。


なぜか残っていない。



やっぱり。

興味はなかったんだと思う。



ドレスは着てみたかったけど。


試着して。

それで満足だった。




そんなことより。

私の10代は。

『葬儀のバイト』

これを探していた。


本当は。

『遺体を洗う』バイト。

これを探していた。


『綺麗にして還す』

そんなことを。

したかったんだよね。


今みたいに。

携帯電話も主流じゃないとき。


だから。

たどり着けなかったけどね。


医療の知識も。

知り合いもいなかったし。




これはやっぱり。

『健康運』を持たない。

私の感覚なのかなと。


F氏に聞いた。


『葬儀屋に憧れたのは

ただ単に

葬儀の仕事がしたかった訳ではなくて


人の死に

人の死の狭間に

希望だとか癒しとか

安らぎを

与えたかったんじゃないですか』


言われて。


『このブログが

その意味を持つのだと思います』




医者にも見放された私が。

嘆くわけでもなく。


あの世との。

おかしな交流を綴ることで。


少なからず。

救われる人はいるのだと。


F氏はそう言った。




ひっそりと。

始めたこのブログ。


これが。

私の憧れた。

『葬儀屋』に値するなら。


私はひとつ。

夢を叶えたことになる。



これもまた。

『課題』をした効果?


これで。

お金がもらえたら。

仕事としては完璧だけど。



『この先また

何か大きなことを

やり始めるのかもしれませんね』


F氏の。

意味深な言葉。



私は。

私の未来に。

ワクワクしてきた。


気づけば。

私の周りには。

夢を持った人ばかり。


40を過ぎても。

50を過ぎても。


そこに目標があるだけで。

人は。

幸せなんだと思う。











お願いいたします

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