世にも奇妙な乳癌闘病記

ひとりでも救われる人がいるなら…とブログを始めました。
肺の難病、乳がんステージ4は健在ですが何の治療もしていません。
にもかかわらず進行もしていません。
ですから病気や治療の参考にはならないブログです。

それでもこの奇妙な現実を知りたい方は、ぜひ最初から読んでみてください。
信じるか信じないかは全てお任せいたします。

固定概念

東京滞在中。


実家の母から電話がありました。


F氏セミナーの翌日。

甥っ子くんの朝食の。

納豆ごはんを眺めているときです。



『なにやってんの!!

 子供たち学校でしょう!!』



母親は母親の役割をしろと。


母は言いたかったらしいです。



でも私。

東京へ遊びに来たワケでは。

ないんですけどね。



『パパだって仕事でしょう!!

 おばぁちゃんにもちゃんと

 お礼を言いなさいね!!』


良き妻。良き嫁でいなさいと。



久~~~しぶりに怒られました。




母の言う。

良き母。良き妻。良き嫁って。


一体何なのでしょうね。



母の言う。

良き母。良き妻。良き嫁って。


本当に子どものためでしょうか?

本当に主人のためでしょうか?


それとも娘である。

私のためでしょうか?




たぶん違いますね。




夢への後押しが出来ないって。

親としては最低ですよ。



でもこれ。

母が悪いワケでは。

決してありません。




男は外でしっかり働き。

女は家庭をキチンと守る。


誰が決めたのでしょうね。



共働きでもやはり。

ご飯の支度は女がやるべきで。


子どもの世話も。

もちろん女の仕事で。。。


それでも女は文句も言えず。

イライライライラ。



なんか。。。

気付きません?



私たち。

まだまだ日本古来の風習に。

縛られて生きていますよね。



日本古来の教えが。

悪いワケではありませんが。


それは時として。

おかしなフィルターとなり。


そのおかしなフィルター越しで。

私たちは物事を見たりしています。



このおかしなフィルターを。

『固定概念』と言います。



母もまた。

この固定概念に捕らわれた。

犠牲者のひとりなんです。



その母に育てられた私もまた。

犠牲者のひとりですよね。




母の数十秒という。

短いお小言の中で。

私はそんなことを思いました。


『あぁ そうだったのかぁ』


自分を知ることが出来ました。



これもまた。

F氏の授業を受けてきた賜物ですね。



こんなことが分かると。

母のお小言も有難い産物です。




ちょっとした会話で。


ちょっとした違和感で。


自分を知る思考に持っていけるのは。

F氏授業があってこその結果です。



この自分が抱える固定概念に。

気付くことがない限り。


どんなに感性を磨いても。


どんなに勉強をしても。


大きな変化はないと思います。



自分のことって案外。

自分は知らないでいたりするんです。



だけどそこに気付くとね。

めちゃめちゃ面白いんですよ。


その分めちゃめちゃ。

しんどい作業ですけどね。



そこを抜けたときの景色は。

また格別なんです。



そんな格別の景色を見たくて。

私は進んでいるだけです。




そんなF氏の授業が。


『F氏 SCHOOL』として。


いよいよ始まります。



詳しくはまた。

お知らせいたしたいと思います。











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