世にも奇妙な乳癌闘病記

ひとりでも救われる人がいるなら…とブログを始めました。
肺の難病、乳がんステージ4は健在ですが何の治療もしていません。
にもかかわらず進行もしていません。
ですから病気や治療の参考にはならないブログです。

それでもこの奇妙な現実を知りたい方は、ぜひ最初から読んでみてください。
信じるか信じないかは全てお任せいたします。

受け継いだもの

前回の。


父の『障害の理由』を。

理解して頂いた上で。


私の事をお話します。





私は父の血筋です。


だから父と同じく。

『踊ること』を選んできました。



父の夢を受け継いで。

同じ事をしたくなるのが。


『血筋』というものです。





私は中学校時代。

新体操部に在籍していました。


団体戦でも個人戦でも。

さほど努力をしなくても。

選手に選ばれてきました。



でもなぜか。

一生懸命やることを。

しなかったんですよね。



個人戦に関しては。

練習をせずに本番へ臨むという。


学校の名を汚すような事を。

平気でやっていました。



もちろん入賞なんてしません。



適当にやることが。

正しいような気がしていたんです。




それでも諦めきれないのが。


『血筋』ってヤツですね。




高校に入ると私は。

ダンスを習い始めました。


やっぱり適当でしたけどね。



なのにある日。


『カンパニーに入らない?』


ダンスの先生に誘われました。



もちろん私はあっさり。


『受験なので』


お断りしました。



時間を要する程の受験なんて。

全く考えてもいなかったのに。


心惹かれたものの。

爽快な決断ではありました。




のめり込んではいけない。

不思議な感覚がなかったら。


きっと私も。

父と同じく熱中して。


海外とまではいかないものの。

県外へ行きたいと。

懇願するようなことに。

なっていたのだと思います。



そしたら両親は迷わず。

私を行かせたでしょうから。



思いのままに進んだら。

私は父と同様に。


何かしらの障害を負うことに。

なったんだと思います。



遠くへ行かないように。





『血筋』とは。


夢ばかりでなく。


『赤いカード』も受け継ぐ事だと。


私はどこかで。

わかっていたんでしょうね。





『赤いカード』が。

浄化されない限り私の血筋は。


生まれた土地に留まらない限り。

守ってはもらえないことを。


私は感覚で知っていたんだと。

思っているのです。





だからこそ適当に。

やり過ごすことで。


その道へ進まない事を。


選んで来たのだと思います。





家族で行くべき。


『ハワイ旅行』へ。


私が行けなかった理由も。

ここにあります。





私が海外へ行くことは。


『命』に関わることですから。





私が県外の大学へ行きたいと。

母に言った時も。


『ここに居なよ』


軽い返答に何の疑問も持たず。

素直に実家に留まりました。



その後妹はあっさりと。

東京の専門学校へ。

進学したんですけどね。



理屈でなく周りもまた。

自然と私を引き留めましたし。


私もそれに従いました。




私も父と同じく。


『守られた』んです。



そして自らをも。


『守ってきた』んです。





夢を追いかけた矢先に。

命を絶ってしまうより。



夢を諦めざるを得なくても。


次なる夢を見られる方が。

遙かに幸せではないかと。


私は思っているのです。




今の父の夢は。


『孫やひ孫に囲まれること』



だから父は今日も。

のんびりゆっくり生きています。





いつか孫やひ孫たちが。

父の夢を受け継いで。

ダンスを思い切り出来るように。


『赤いカード』を消すため。


私は今。

絵本を書いているのです。




これが。

F氏には見えている世界での。


当然の流れとなりますね。












お願いいたします

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