世にも奇妙な乳癌闘病記

ひとりでも救われる人がいるなら…とブログを始めました。
肺の難病、乳がんステージ4は健在ですが何の治療もしていません。
にもかかわらず進行もしていません。
ですから病気や治療の参考にはならないブログです。

それでもこの奇妙な現実を知りたい方は、ぜひ最初から読んでみてください。
信じるか信じないかは全てお任せいたします。

障害の理由

私の父は聴覚障害者です。



父は幼少期に片耳の聴力を失い。


母とお付き合いをしている時に。

残る片耳の聴力も。

無くしてしまったそうです。



話を聞く限りでは。

父の耳の手術は成功でした。


にもかかわらず父が。

聴力を無くしてしまったのは。


今で言う『医療ミス』だったと。


父は他人事のように。

母もまた他人事のように。


そう話してくれました。





なぜ父が障害を負ったのか。




なぜ聴力を失うことだったのか。




それは父を。


『海外へ行かせないため』




そのためだけです。





父は若い頃。

ダンスをしていました。


今の父からはまるで。

想像もつかないことですけどね。



どうやら父は講師もしていて。



様々な大会で。

たくさんの賞を貰っていたと。

私は散々聞かされてきました。



家には山ほどの賞状や。

トロフィーが並んでいて。


収まりきれない程の。

父のたくさんのトロフィー。


それを見る度に私は。

なぜか拒否されているような。


尊敬してはいけないような。


不思議な感情が出てくるのを。

幼心によく覚えています。




その意味がF氏に出会って。

ようやく理解出来ました。




父は才能がありましたから。


ダンスを勉強するために。

海外へ行きたいと。

思っていたそうなんです。



その父の決意が。

確かだったからなのか。


父は聴力をなくす事になりました。



音楽を聞くことも。

リズムをとることも。

出来なくなってしまいました。



つまり父は。

海外へ行ってしまうと。


聴力を無くすこと以上の。

恐ろしい出来事が。

降りかかる運命にあったのです。




もしかしたら。


『命』を無くすことに。


なっていたかもしれません。




だから父は。

夢を追いかけて。

遠い国へ行かないよう。


ダンスも出来ず。

どこかへ行くことも。

出来ないような状況になったのだと。


私は思っているのです。




父は『守られた』んです。




『私』という子孫を残すために。


父は『生かされた』んです。





父は私の産声も知らず。


『パパ』と呼ぶ声も。


『ありがとう』の声も聞かず。



音のない世界で。

父は今日も生きています。










アメブロ F氏ブツブツ

『臭い物に蓋』の記事には

分かり易い図解があります。