世にも奇妙な乳癌闘病記

ひとりでも救われる人がいるなら…とブログを始めました。
肺の難病、乳がんステージ4は健在ですが何の治療もしていません。
にもかかわらず進行もしていません。
ですから病気や治療の参考にはならないブログです。

それでもこの奇妙な現実を知りたい方は、ぜひ最初から読んでみてください。
信じるか信じないかは全てお任せいたします。

伯父

伯父が亡くなって1年。

今日は納骨式でした。


伯父とは。

私の母のお兄さんです。


家が近かったこともあり。

伯父は私の。

第2の父でもありました。



私の両親は共働きで。

車も持っていなかったため。


保育園へ上がる前の私を。

親戚の家まで預けに行くのは。

伯父の出勤前の日課でした。



その記憶は残念ながら。

私にはありませんが。


預けられ先の親戚の家にいた。

中学生のお姉ちゃんが。

とっても大好きだったことは。

強烈に覚えています。


その大好きなお姉ちゃんは。

私が高校生のとき。

小さな子供たちを残して。

白血病で亡くなりました。



『死』というものが。


年齢に関係なく訪れることを。

思い知らされた出来事です。



その『死』が近いことを。

伯父は最期の最後まで。

聞かされることはなく。


肺ガンの伯父自身も信じず。


伯父は最期の最後まで。

痛みに耐え続けました。



強くて頼もしい。

私の第2の父です。




以前に井上真由美さんが。

教えてくれた言葉を。

ふと思い出しました。


『親は子供にとって

 最高のタイミングで死ぬ』


『親の死は子供に対する

 最後のしつけ』


この2つの言葉です。



伯父は私に。


『癌の結末はこれだぞ』


『こんな思いはするな』


そう教えたのかもしれません。



『よく見ておけ』


『最後は痛みだけでしかない』


そう諭したのかもしれません。



残念ながら。

『病気でいたい』という人は。

この世の中に存在しています。


表向きでは治療をしていても。

無意識下では。

悲劇の主人公になりたい人です。




だからなおさら。


『そちら側へは行くな』と。


叱ったのかもしれません。






おじちゃん。

たくさんありがとね。


私はちゃんと。

『生きる』ことを選んでるよ。


ちゃんと言ったこと。

なかったんだけどさ。



『おじちゃん大好きだよ』










お願いいたします

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